走っている電車を外から眺めると、厳密に言えば電車の中の空間は少し縮み、時間の流れは少し遅くなっている。だが日常生活では、走っている電車のなかの空間や時間を無視してもなんら差し支えはない。ぼくらはニュートン力学に従って毎日を送ればそれで十分に友達と待ち合わせすることができる。
それと同じで、ミクロのサイズになってくると日常的な存在という理解は通用しなくなってくるのである。月は存在していると考えても、日常生活上はなにも困ることはない。だが厳密に言えば、ぼくらが見上げる月は、「存在の確からしさ」の濃淡が濃いということにすぎない。
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アメリカの理論物理学者であるジョン・ウィラーは、
「どんな素粒子の現象も人が観察してこそ初めて本物の現象になる」と述べた。
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コーネル大学の物理学者デビット・マーミン教授は、それをこう言い換えた。
「誰も見ていないなら、そこに月なんて存在しない」と。
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アインシュタインは、インドの詩人・タゴールに会ったときにこう聞いた。
「私が見ていないとき、月は存在しないのですか?」
「その通りです」とタゴールは答えた。
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ジョン・ポーキングホーンという、ポール・ディラック(量子力学の発展に貢献した20世紀を代表する物理学者)から直接指導をうけた理論物理学者がいる。
ポーキングホーンはケンブリッジ大学クイーンズカレッジの総長を務め、その後、神学校へ入学して聖職者となった。
現在は司祭としてさまざまな科学プロジェクトに関与している。
素粒子の究極構造から宇宙の起源までを究めようとする現代物理学の先端に立っつポーキングホーンは、
「量子現象の背後に『死後生』が見える」と語っている。
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どうやら、ぼくらの住む物質世界が見えている通りでないことは確かなようだ。
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